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芽むしり仔撃ち
新潮社文庫  
解説:平野 謙
定価:490円(税別)
頁数:204頁(文庫版)
ISBN4-10-112603-8
カバー画: 初出:1958年 雑誌「群像」6月号掲載
初期の長篇傑作
「いいか、お前のような奴は、子供の自分に締めころしたほうがいいんだ。
出来ぞこないは小さいときにひねりつぶす。
俺たちは百姓だ、悪い芽は始めにむしりとってしまう」

  大江の初めての長編作品。なによりも題名がいい。
 戦争末期、すでに空爆が激化しているとき、主人公の少年が収容されている感化院でも疎開が計画された。このような時期であるためそれぞれ親元には収容されている子ども達を引き取るように通知がされていたのだが、主人公の親は逆に主人公の弟も一緒に感化院の疎開先に連れてゆくようにと依頼した。
 このようにして少年は弟と一緒に山奥の孤立した疎開先に向かうことになった。屈強な教官ひとりに連れられて、徒歩で三週間かけて農村に出向いた。疎開先は谷を渡るトロッコでしか渡ってゆくことができない。そしてその村で疫病が発生し、なんと村人が少年達を取り残し、逃げてしまった。少年達は見棄てられたのだ。

 とこのように始まる物語。すでに戦時中本当に感化院でまとまって疎開が行われたという事実があったのだろうか、あるいは三週間もあきらかに徒歩で疎開先を探しながら目途もなく出かけるなどができたのだろうかと疑問が次々と湧いてくる。
 このことについては作者自身が「そういうことをまったく調べずに自分の空想だけで書いてしまった。そうしたところ、小説としてはあきらかに弱い」と述べています。しかしこの空想力、想像力だけで書ききってしまったところがすごい物語になったのです。戦時中にそういうことがあったのか、なかったのか、というような事実関係はまったく意味がなく、ひとつの物語としての完璧な空間ができあがって物語のなかに引きこまれます。

 23歳の青年、しかもまだ大学生がなぜこのような想像力豊かな作品を書くことができたのか?すごい、としかいいようがないのです。
 でも、ここには優秀な編集者の支援があったのです。
 この作品ができあがる最終段階で雑誌「群像」の当時の編集長大久保房男がつきっきりで一行一行検討をし、評価をしてくれたということを作者は後日述懐しています。このとき本当に編集者のありがたみを感じたのでしょう。編集者と二人三脚で最後を作り上げたのでしょう。勿論ここでの作品構成力、力強い文体は大江独自のものです。

 初期の大江文学を味わうのに一番のお勧め作品。ぜひ読んでみてください。大江文学の硬質な文体にひたってください。

<冒頭>
 第一章 到着
 夜更けに仲間の少年の二人が脱走したので、夜明けになっても僕らは出発しなかった。そ
して僕らは、夜のあいだに乾かなかった草色の硬い外套を淡い朝の陽に干したり、低い生垣
の向こうの舗道、その向う、無花果の数本の向うの代赭色の川を見たりして短い時間をすごし
た。前日の猛だけしい雨が舗道をひびわれさせ、その鋭く切れたひびのあいだを清冽な水が
流れ、川は雨水とそれに融かされた雪、決壊した貯水池からの水で増水し、激しい音をたて
て盛り上がり、犬や猫、鼠などの死骸をすばらしい早さで運び去って行った。

<出版社のコピー>
大戦末期、山中に集団疎開した感化院の少年たちは、疫病の流行とともに、谷間にかかる唯一の交通路を遮断され、山村に閉じ込められる。この強制された監禁状況下で、社会的疎外者たちは、けなげにも愛と連帯の”自由の王国”を建設しようと、緊張と友情に満ちたヒューマンなドラマを展開するが、村人の帰村によってもろくも潰え去る。緊密な設定と新鮮なイメージで描かれた傑作。
<おすすめ度>
 ☆☆☆☆☆

               

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