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新しい人よ眼ざめよ
講談社文芸文庫  
解説:リービ英雄
定価:1400円(税別)
頁数:55頁(文庫)
ISBN978-4-06-198467-7
初出:1983年6月号 雑誌『新潮』
短編集「新しい人よ眼ざめよ」7番目の作品       
  
  短編集「新しい人よ眼ざめよ」の最後を飾る作品。障がいを持った息子イーヨーをテーマにこの作品集を書いてきた、その締めくくり作品。
 イーヨーは20歳を迎えようとしていた。通っている養護学校では全生徒が一学期ずつ校内の寄宿舎に入る規則があって、その順番がまわってきた。イーヨーは心配する親に向かって、<パパはこのピンチを、またよく切り抜けるでしょうか?>と逆に心配をする。そこからいくつかのエピソードが紹介されてゆく。白血病で亡くなった学友H君とのこと。入舎までの準備のこと。妻と二人で横浜のT氏の音楽会にでかけたこと。ドイツの作家エッペンドルファーのこと。そしてヨーロッパ旅行中に会ったキーコのこと。キーコは『個人的な体験』に出てきた「火見子」と結びつく。
 様々なことが語られた後、イーヨーば無事に寄宿舎での経験を終えて戻ってきた。いつものように一家の祭司としての存在感が戻ってきた。しかし、夕食時にいつもやっているように「イーヨー、夕御飯だよ、さあ、こちらにいらっしゃい」と呼びかけても動かない。「イーヨーは、そちらへはまいりません!イーヨーはもう居ないのですから、・・」というだけ。弟が「光さん、夕御飯を食べよう・・」と呼びかけると、「はい、そういたしましょう!」と童子の声で返し、一家に安堵が戻ってきた。
 20歳になったイーヨーの確かな成長、そして「もうひとりの若者として、再生した作家自身」がいる。
 この感動的な作品は一見すると作者の個人的な生活をあるがままに描写した日本の伝統的私小説のようであるが、私小説の枠を遙かに超えた広がりを持つ作品である。大江健三郎の確立した新たなジャンルといえるものだ。    
 
<冒頭>
   
  障害を持つ長男との共生と、ブレイクの詩を読むことで喚起される思いをないあわせて、僕は一連の短編を書いてきた。この六月の誕生日で二十歳になる息子に向けて、われわれの、妻と姉妹とを加えてわれわれの、これまでの日々と明日への、総体を展望することに動機はあった。この世界、社会、人間についての、自分の生とかさねての定義集ともしたいのであった。

 
<出版社のコピー>

障害を持つ長男イーヨーとの「共生」を、イギリスの神秘主義詩人ブレイクの誌詩を媒介にして描いた連作短編集。作品の背後に死の定義を沈め、家族とのなにげない日常を瑞々しい筆致で表出しながら、過去と未来を展望して危機の時代の人間の<再生>を希求する、誠実で柔らかな魂の小説。
大佛次郎賞受賞作。

<おすすめ度>
☆☆☆☆☆ 自選短篇作品
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