2020年 6月号back

 

ご無事ですか?
新型コロナウイルス感染はかなり落ち着いてきました。
しかし、ウイルスは無くなることはなく、うまく付き合っていくしかないようです。
ワクチン等ができて、ある程度安心して生活ができるようになるまで
暫くは注意をしてください。
いつか映画館に行ける日を夢見て。

この1か月、一度も映画館に出かけることなく過ごしました。
正確には開いている映画館がなく、過ごさざるを得ない状況でした。
ということで、***今月の映画*** は残念ながら不可能になりました。
今月は総て特別版、“映画紹介のない見せよう会通信”という16年目にして初めての形態でお届けします。

オール***今月のトピックス***になりました。

 

 



今月のトピックス   


Ⅰ 今月の映画館の状況


4/16から緊急事態宣言が7都府県から全国に拡大され、全国の映画館が閉まってしまったのではないかというところまでは、先月号でお伝えしました。映画情報のサイトを全国に渡って調べても何も現れてこず、基本的に映画館は営業されていないと思われたのです。この時点で5/06までの緊急事態宣言が決定されていました。当初の7都府県(東京、神奈川、埼玉、千葉、大阪、兵庫、福岡)に加え、北海道、茨城、石川、岐阜、愛知、京都の6道県が追加され13都道府県が特定警戒都道府県とされていました。
全国に拡大された緊急事態宣言が5/07以降も継続、5月末までと最終的に決められたのは5/04でした。GW後半では一部緩みが指摘された緊急事態宣言も、GW後も感染者の逓減状態は続き、5/14には特定警戒に指定されていない34県と特定警戒の茨木、石川、岐阜、愛知、福岡の5県、合わせて39県については、緊急事態宣言の解除が決定されました。

 

それより早く、GW明け後5/09に全国の映画館状況を調べたところ、次の町で映画館が営業し始めているようでした。同じ町でも休業している映画館もありました。

青森県(青森)、長野県(長野、岡谷、塩尻、佐久)、静岡県(静岡)、岡山県(岡山)、山口県(萩)、鳥取県(倉吉)、愛媛県(松山)、高知県(高知)、長崎県(長崎)、熊本県(天草)、宮崎県(宮崎、延岡)、鹿児島県(鹿児島)

更に5/12~13頃には各シネコンチェーンが、次のように一部の映画館で5/15或いは18から営業を再開すると発表するようになりました。
イオンシネマズ:弘前から熊本までの27映画館を5/18から営業再開
TOHOシネマズ:青森から鹿児島までの10映画館を5/15から営業再開
松竹マルチプレックス:宇都宮、倉敷など5映画館を5/15から営業再開
ユナイテッドシネマズ:宮城、熊本など5映画館を5/15から営業再開
109シネマズ:宮城、四日市など4映画館を5/15から、広島を5/18から営業再開

東映系のT・ジョイについてはまだ発表されていませんでした。

 


5/14の解除により、39県の多くの映画館はシネコンを含め営業を再開しました。


さらに5/21には緊急事態宣言が残っていた8都道府県のうち、関西の3府県(大阪、兵庫、京都)が解除となり、殆どの映画館が5/22(金)からの再開を発表しました。


残るのは関東の4都県(東京、神奈川、千葉、埼玉)と北海道のみになりました。


そして本日5/25に5都道県も解除見通しとなり、全国解除となるようです。
東京都は5/22に都独自のロードマップを策定し、休業要請緩和へのステップ4段階を発表しました。映画館が営業できるようになるのは3番目のステップ2と判定された時。最速では5/30という話も出ているようです。もう少しの我慢となりました。

 

 

 

 

Ⅱ ミニシアターを救え!のその後


先月号でお伝えしたクラウドファンディング、ミニシアター・エイド基金は5/15で終了、最終的には29926名の方から331,025,487円の金額が集められた。


1か月の間に1億円を集めようとして始まった運動は、あまりに早く目標達成(開始後3日目)のため改訂された3億5000万円の新目標には達しなかったものの、大きな成果を上げることができた。最終的に参加した118劇場、103運営団体には、1運営団体当たり約303万円の基金が分配されるようだ。(複数の映画館を持つ団体も1団体として均等割り)
1~2か月にわたり営業ができず無収入に終わった映画館が、再開後の営業継続ができるために一助になればうれしい限りだ。

 

5/13には運動の最後の最後に、ミニシアターの魅力を届けるためのYouTube Liveイベントが行われ、約6時間にわたってZoomを使ってのトークが各地のミニシアター関係者、賛同する映画関係者や有名人によって行われた。この運動の発起人である濱口亮輔、深田晃司両監督は交代しつつずっと進行役を務めた。


12のミニシアターの関係者のお話が一番おもしろかった。それぞれの映画に対する愛情は当然ながら、それぞれの劇場の在り方、歴史などについての話が興味深いものだった。大げさに言えば、各劇場に物語があり登場人物(関係者)の人生を絡めれば映画にでもなりそうな感じがする。


小泉今日子が出てきた時には濱口、深田両監督が殆どファントークをしていたのが面白かった。

 

 

 

 

Ⅲ ミニシアターに代わるもの

 

閉まっている(た)のはミニシアターだけではない。シネコンも閉まっている(た)のだが、シネコンは大きな資本で経営されているものが多い。それに対しミニシアターは独立の個人或いは小さな組織で運営されているものが殆どだ。映画館が閉まってしまうと収入はないことになり、運営に行き詰まる。
更に、配給会社にも独立の小さな組織で運営されているものが多く、輸入した映画を公開するミニシアターで上映できないとこれも同様に事業継続ができなくなってしまう。


こうした配給側、映画館側両方に少しでも収入確保をと考えられたのが、「仮設の映画館」だ。これは、4/8~から映画館が休業になる時点で公開予定されていた映画を、インターネット上の「仮設の映画館」で見てもらおうというものだ。各作品の公開される予定だった映画館の中から選んで鑑賞料金1800円を払って鑑賞すると、配給会社と選ばれた映画館に50%ずつの金額が配分されるというもの。現在12本の映画がラインナップされている。詳しくは次のサイトをご覧ください。


http://www.temporary-cinema.jp/

 

こうした配信による鑑賞という方法は、13の配給会社がそれぞれ持っている作品(旧作)をパッケージにして3か月間見放題というサービス「Help! The 映画配給会社プロジェクト」でも採用されている。これには映画館は関係なく、独立配給会社を救済するためのサービスだ。各会社によって見られる作品数、料金が違っている。次のサイトをご参照ください。


https://www.uplink.co.jp/cloud/features/2408/

 

 

 

 

 

 

Ⅳ 解除以降の映画館


5/26日から関東圏でも映画館がオープンする可能性が出てきている。6月には多くの映画館がオープンするだろう。しかし、その後も映画館にとって苦労は続きそうだ。その要因は次の通り。


*密を避けるため座席数が半分かそれ以下になる。百席以下の映画館も多くあるので、半分以下の席数になると収入をあげるのがよりきつくなる。


*シネコンをはじめ特に封切館では作品不足が考えられる。大作を中心に公開が延期された作品が多い。オープンして10日ほど経つ39県のシネコンの番組などを見ると、新作が少なく、従来であれば名画座で上映されるような作品もラインナップされていた。更に新作の製作が国内外ともに順調には行われていないため、1年くらいは作品不足になる可能性がある。


*家で映画を楽しむのに慣れてしまった人たちが、映画館に戻ってくるかの懸念。

 

 

 

 

 

Ⅴ テレビのドキュメンタリー


映画にも関連した2本のテレビドキュメンタリーが面白かった。

 


NHK 新日本風土記 松本清張 鉄道の旅


松本清張といえば、社会派ミステリーの大作家、1950年代半ばに40代後半で専業作家となり、数々のベストセラーを生み出した。映画化された作品数も34作(複数回映画化されたものがあり回数は36回)を数えている。彼の作品が多く映画化された理由の一つに全国各地が舞台となり、その移動に鉄道が使われていたことが挙げられる。動きが多く、映画に向いた作品が多かった。彼自身鉄道が好きだったようだ。


彼の作品に絡め、使われた鉄道と作品の背景を追ったドキュメンタリーは、必然的に映画化作品が多く取り上げられていた。「点と線」「ゼロの焦点」「波の塔」「砂の器」「張込み」の作品が、時に映画の場面を使いながらドキュメンタリーの中で紹介されていた。勿論、映画化されていない作品にも触れられていた。古代史から戦後の日本社会、さらに高度経済成長期における人々の生活までを小説に描き、鋭い批評眼と共に、エンターテイメントとしての完成度も高かった作家と、彼が描き、愛した風景を見せてくれるドキュメンタリーだった。


「張込み」の撮影時、撮影隊の宿として使われた松川屋という老舗旅館の5歳の息子が成長して映画評論家になり、昭和33年の撮影当時のエピソードを話してくれる。西村雄一郎さんだ。「張込み」は後に多くの清張作品を映画化した野村芳太郎監督にとっても、旅館にとっても、西村さん自身にとってもエポックメイキングなものだったと言う。


それにしても清張の毛筆での達筆ぶりには感心した。

 

 

 

 

NHK ETV特集 映画監督 羽仁進の世界~すべては“教室の子供たち”からはじまった


今年91歳になる羽仁進夫妻の姿から始まるドキュメンタリーは、いま世界的に再評価されているという羽仁監督について、「万引き家族」の是枝監督のコメントを随所に挟みながら、何故再評価されているかを描き出す。
羽仁進は羽仁五郎の息子、左幸子の元夫、その一人娘羽仁未央の父親という家族関係は知っていたが、映画を見たのは、50年以上前に見た「初恋・地獄編」のみだった。動物に関係する映画を多く撮っていたこと、始まりはドキュメンタリーを撮っていたことは知識としては知っていた。


今年の3月、羽仁監督の1962年の作品「充たされた生活」を見た。石川達三の原作小説から主人公新劇女優の生活を描いている。60年安保で揺れる社会状況を背景に、彼女の愛情生活、演劇生活をオーバーな感情表現もなく撮っていて、そのドキュメンタリータッチは、同じ石川達三の小説を原作とする「青春の蹉跌」の映画化作品より、作家の世界をうまく表現しているように思われた。


「教室の子供たち」は1955年に発表された。副題として「学習指導への道」が付いている。岩波映画(1949~1998年)の30分の作品だ。隅田小学校にカメラを持ち込み2年1組の小学生たちを撮ったもの。再評価されているのは、子供たちの自然な姿を画面に捉えていることだ。是枝監督がどのようにして撮ったのか?と話すのは、校庭で遊ぶ子供たちの中で、1人ぽつんと立つ女の子の画面。彼女は初めから画面の真ん中にいる。監督が指示して立たせたのではない。1本のフィルムで撮れるのは4分何秒という時代。羽仁監督によれば、子供たちをずっと見てきて、この女の子が自分の気持ちを出し切っていないと感じ、彼女が変わっていくのを見たいと思ったというのだ。


羽仁監督は続編的に作った「絵を描く子どもたち」(1956年)でも貧しい母子家庭の男の子に寄り添っている。子供の表情から喧嘩するかもしれないと読み取り、カメラを向けるのだ。どちらも監督の指示は全くなく、監督が子供の表情を読み取ってカメラを向けたものだ。


羽仁監督にとって変わりゆくものが一番おもしろく、その過程を写し取ることに集中していたという。


監督の昔の製作時の資料が多く見つかったという。悲しいことにそれらの資料はアメリカのコロンビア大学に収められるという。

 

 

 

 

 

次号は映画館がオープンして見まくっているであろう6月25日に従来の形でお送りします。

 


                         - 神谷二三夫 -


感想はこちらへ 

back                           

               

copyright