2021年 1月号back

 

今年もやってきたクリスマス、
しかしいつもと違い明るい話題が出てこない。
そんな時少しでも気持ちを軽くしてくれるのは、
そう、マスクして見る映画館!

 

 

 

今月の映画

 

11/26~12/25の“勝負の3週間”を含む30日間に出会った作品は43本。
邦洋画本数は21:22とほぼ同数、
邦画は生誕100年を迎えたふたりの女優の旧作に助けられた。
洋画はNetflix作品が昨年と同じくこの季節にひっそりとまとめて登場、
今後季節ものになるのだろうか?



<日本映画>

   21本(新10本+旧11本)

【新作】

佐々木,イン,マイマイン 
滑走路、 アンダードッグ(前篇) 
サイレント・トーキョー 
アンダードッグ(後篇) 
新解釈 三国志 
天外者 
私をくいとめて 
ミセス・ノイズィ 
日本独立

 

 

【旧作】
ロケーション

<生誕100年 映画女優 原節子>
驟雨
風ふたたび 
嫁ぐ日まで
東京の恋人 
忠臣蔵 花の巻・弓の巻(1962年) 
幸福の限界

<生誕100年 映画女優 山口淑子>
わが生涯のかゞやける日 
支那の夜 
暁の脱走
醜聞(スキャンダル)

 

 

<外国映画>

   22本(新21本+旧4本)

【新作】
ヒルビリー・エレジー
  (Hillbilly Elegy) 
アーニャは,きっと来る
  (Waiting for Anya)
アウステルリッツ
  (Austerlitz) 
ヒトラーに盗られたうさぎ
  (Als Hitler Das Rosa Kaninchen Stahl

  / When Hitler Stole Pink Rabbit) 
マンク
  (Mank) 
サウラ家の人々
  (Saura) 
バクラウ 地図から消された村
  (Bacurau) 
粛清裁判
  (The Trial)
魔女がいっぱい
  (The Witches) 
ノッティングヒルの洋菓子店
  (Love Sarah)
燃ゆる女の肖像
  (Portrait de La Jeune Fille en Feu

  / Portrait of A Lady on Fire) 
100日間のシンプルライフ
  (100 Dinge / 100 Things) 
ニューヨーク 親切なロシア料理店
  (The Kindness of Strangers) 
ハッピー・オールド・イヤー
  ( Happy Old Year) 
NETFLIX世界征服の野望
  (Netflix vs. world)
ザ・プロム
  (The Prom) 
ミッドナイトスカイ
  (The Midnight Sky) 
声優夫婦の甘くない生活
  (Golden Voices) 
この世界に残されて
  (Akik Maradtak / Those Who Remained) 
ワンダーウーマン1984
  (Wonder Woman 1984) 
また,あなたとブッククラブで
  (Book Club)

 

【旧作】
アメリカの恐怖

  (Big Brown Eyes)

 

 

 

 

Ⅰ 今月のベストスリー

  (新作だけを対象にしています)

 

①-1 マンク
“マンク”ことハーマン・マンキウィッツは世界的に有名な作品「市民ケーン」の脚本家、オーソン・ウエルズが監督・脚本をした作品として有名だが、その裏にはマンクがいた。「ファイト・クラブ」「ゴーンガール」のデヴィッド・フィンチャーがまるで「市民ケーン」のような白黒画面で描くハリウッド裏面史は面白さに満ちている。 

 

①-2 アウステルリッツ、粛清裁判
先月号で「国葬」を紹介したセルゲイ・ロズニツァ監督の群衆3部作の他の2本。唯一の現代作品「アウステルリッツ」はかつての強制収容所に世界中から訪れるダークツーリズムの観光客の明るさを説明もなく映しだす。スターリン政権下、政権に異を唱える人たちの粛清裁判の映像を集めた後者は、判決に喜ぶ群衆を映し、今見れば怖い。

 

②-1 燃ゆる女の肖像
18世紀フランス、ブルターニュの島に暮らす母娘の家に画家の女性が船で向かうファーストシーンから、風景の美しさが際立つ。フランスの女性監督セリーヌ・シアマの映画は、静かな情熱を秘めてふたりの情念を描く。

 

②-2 この世界に残されて
ハンガリーからやってきた映画は、ナチスのホロコーストを生き抜き、生き延びた16歳の少女と42歳の医師との寂しい関係を描く。ナチス、その後のスターリン体制によって揺さぶられる人間関係が優しく語られる。

 

③-1 ハッピー・オールド・イヤー
タイからやってきた映画は、長身で仏像顔の女性主人公が北欧仕込みのミニマルライフを目指すストーリー。不思議なテンポで新鮮な映画を作ったのは「バッドジーニアス 危険な天才たち」を作った映画製作スタジオGDH559。なるほど!

 

③-2 私をくいとめて
「かってにふるえてろ」に続いて、綿矢りさの小説を大九明子監督が映画化。女性の本音を描いて、今一番の大九監督は今回も好調です。主演はのん、久しぶりの映像作品。

 

 

 

楽しめる作品は他にも、映画館でどうぞ。(上映が終了しているものもあります。)


アーニャは、きっと来る:イギリスの児童文学者マイケル・モーバーゴ(「戦火の馬」が有名)の原作から映画化。フランス、ピレネー山脈麓の村に住む少年を中心に、ナチスから逃れスペインに越境していくユダヤ人を助ける人たちを描く。

 

ヒトラーに盗られたうさぎ:イギリスの絵本作家ジュディス・カーの童話からの映画化。彼女の子供の頃の生活を描いている。ナチスに批判的な評論家の父親のために1933年にはベルリンを脱出、その後スイス→パリ→ロンドンと生活の場を変えていくユダヤ人家族の話。

 

サウラ家の人々:カルロス・サウラはスペインの映画監督、88歳。彼を中心に4回の結婚で生まれた7人の子供達を追ったドキュメンタリー映画。2番目の妻はチャップリンの娘で女優だったジェラルディン。今もなお自由奔放に生きるカルロスの若々しさには驚く。

 

バクラウ 地図から消された村:ブラジルの村バクラウを舞台に、先月号の「ザ・ハント」同様の人間ハント劇かと思いきや・・・。監督はブラジルのクレベール・メンドンサ・フィリオ。怪奇俳優(?)ウド・キアが出てきたのには驚いた。

 

魔女がいっぱい:ロアルド・ダールの原作からの映画化。皮肉屋の彼らしい、面白く楽しいファンタジー。監督は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のロバート・ゼメキス。大魔女を演じるのはアン・ハサウェイで口裂け女を楽しんでます。スタンリー・トゥッチが頭髪ありで出てきた。

 

アンダードッグ(後篇):「百円の恋」の脚本足立紳、監督武正晴コンビが再結集の前後編併せて4時間36分。しかし、前編は余りにテレビ的内容で好きになれず、後編もあまりに定形かとあきらめかけたのだが、ラストのボクシング場面で少しリカバー。

 

ノッティングヒルの洋菓子店:1999年の映画「ノッティングヒルの恋人」(原題はNotting Hill)で有名になったノッティングヒルを舞台に、新しくスイーツの店を開店させる主人公たちの物語。

 

ニューヨーク 親切なロシア料理店:夫のDVから逃れてふたりの息子と一緒にニューヨークにやってきた女性、救急病院の看護師として働きながら他人のためにセラピー会を開く女性、不器用で職場に定着できない男性、代々続くロシア料理店を経営する商売下手な男性オーナー、刑務所を出所したばかりでその店のマネージャーとして雇われた男性と、痛みを持つ人々が織りなす優しさのドラマ。

 

声優夫婦の甘くない生活:イスラエルからやってきた映画は、旧ソ連からイスラエルに移住した監督エフゲニー・ルーマン自身の経験から作られた物語。ロシアで声優として成功していた夫婦がイスラエルに移住してみると、そこでは声優の需要がなかったというもの。

 

また、あなたとブッククラブで:4人のベテラン女優共演で、60~70代女性の赤裸々なセックス談義、なにしろブッククラブの今月の図書は「フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ」ですから。相手役の男優も含め、懐かしいスターがわんさかで楽しめました。2018年の作品で、コロナの作品不足から日の目を見たのかと勘繰りましたが。

 

 

 

 


Ⅱ 今月の旧作

 

<日本映画>

国立映画アーカイブで<生誕100年 映画女優 原節子>(こちらは終了)<生誕100年 映画女優 山口淑子>(こちらは開催中で12/27まで)が続けて開催された。戦前に映画界にデビュー、戦争を挟んで映画界における地位を確立した二人、1960年前後には共に引退となるのだが、ともに戦争の影を背負った役も多い。


原節子:

先月見た「誘惑」に続き6本の作品を見た。中では次の2本が印象深い。
驟雨:1956年の成瀬巳喜男監督作品。結婚4年目、佐野周二との生活を明るく演じる。
幸福の限界:1948年、石川達三原作、新藤兼人脚本で女性にとって結婚とはを描く。

 

山口淑子:

強い女性、山口の印象はこれに尽きる。これほどくっきりした女優だったとは!4作品を見た。いずれも印象深いが次の2本は忘れ難い
支那の夜:山口が20歳の時のこの作品で彼女はスターになったのだろう。初めから強い。
暁の脱走:敗戦間近の中国戦線、愛した兵士を追う強い女を演じている。

 

 

 

 

Ⅲ 今月の懐かしい人

 

リチャード・ドレイファス
「また、あなたとブッククラブで」で、キャンディス・バーゲンが演じる裁判官のシャロンがマッチングアプリで初めてデートした相手ジョージを演じたのはリチャード・ドレイファス。70年代「アメリカン・グラフィティ」「ジョーズ」「未知との遭遇」等で主演し、大活躍をしていたスターだ。
「グッバイガール」(77年公開)ではアカデミー賞主演男優賞を獲得するも、ドラッグ問題で80年代は低迷、その後復活するがそれほど目立つ活躍はしていなかった。最近も2~3年に1本くらいの割合で出演している。
1947年生まれの73歳、身長165㎝と小柄だが若い頃はエネルギー量でそれを補っていた。それが魅力だった。今や高齢者、これからは違うところで勝負するのだろう。

 

 

 

 

 

Ⅳ 今月のつぶやき


●カルロス・サウラはものすごく正直で変なこだわりのない人だなと感じた「サウラ家の人々」。2番目の妻、ジェラルディン・チャップリンを素晴らしい女優だったと褒め、彼女のおかげでチャールズ・チャップリンと知り合えたのも素直に喜んでいた。

●戦後の原節子は見慣れているが、1940年、彼女が20歳の時の出演作「嫁ぐ日まで」を見ると、今まで見たことのない原がいた。固まりきっていないという印象が新鮮だった。

●イギリスの雑誌Time Outの編集者という役で日本人が出てくるのが「ノッティングヒルの洋菓子店」だ。店の近くに編集部があるらしく、会議でのおやつを買いに来るのだが、注文は抹茶クレープミルフィーユと言っていたような。名前はユーホ山下と発音されていたようで、演じていた女優さんの名前そのもののようだ。

●三浦春馬が主演した「天外者」は映画の焦点がどこにあるのかはっきりせずあまり面白くはなかった。来年には2本の新作が公開される予定。

●1994年に日本公開されたベトナム映画「青いパパイヤの香り」を見た時、映画の中に流れる時間の速度が我々のそれと随分違うと感じた。それとちょっと似た感じを持ったのが「ハッピー・オールド・イヤー」で、タイ製作の映画だ。

●高校最後のフォーマルなダンスパーティ、プロムで思い出すのは「キャリー」だが、これを題材にミュージカル「ザ・プロム」を作ったのはNetflix。メリル・ストリープ、ジェームズ・コーデン、ニコール・キッドマンらが出演、学園を舞台に盛り上げるのだが、ミュージカルとしての出来は今一つなのが残念。

●ロシアからイスラエルに移住してくる夫婦の物語「声優夫婦の甘くない生活」は、監督・脚本のエフゲニー・ルーマン、撮影監督・脚本のジヴ・ベルコヴィッチ、夫役のウラジミール・フリードマン、妻役のマリア・ベルキンの4人とも旧ソ連からイスラエルに移住した人たち。多分他のスタッフ、キャストにもそうした人はいるだろう。実感満載の映画。

●久しぶりにハリウッド製大作として公開されたのが「ワンダーウーマン1984」だったが、作品は期待はずれ、話自体が今一つだった。残念!

●自分の内なる声と言えば、最近では「おらおらでひとりいぐも」が思い浮かぶが、「私をくいとめて」でも十分に使われている。前者が3人で、後者が1人という違いはあるがいずれも男性で演じられ、発声されている。自分ではない他の人という意味で性別も変えているのだろうか?

●「カメラを止めるな」の影響はやはり大きなものだったのだなと感じたのは「ミセス・ノイズィ」を見た時だ。別の視点で見ることで別の物語が顔を出すパターンが同じだし、出演者の力の入れ具合がよく似ている。

●ベテラン女優4人が共演の「また、あなたとブッククラブで」は、当然ながらに彼女たちの年が気になる。調べてみると、ジェーン・フォンダ:83歳、ダイアン・キートン:74歳、キャンディス・バーゲン:74歳、メアリー・スティーンバージェン:67歳でジェーン・フォンダが圧勝している。作品は2018年製作なので、これより2才は若い彼女たちのはず。

 

 

 



今月のトピックス:恒例の決算報告   

 

Ⅰ 恒例の決算報告


恒例と書いてしまったが、今年はいつもと同じようではない。全国の映画館、あるいは特定の地域の映画館が休館となり、映画を見ることができない期間があったからだ。勿論コロナの影響は休館ということだけには限らず、新作の製作ができない期間もあったため作品不足が発生し、見たい映画がいつもより少ない期間があったのだ。映画界全般の変化に関しては別の機会に案内するとして、ここではあくまで映画に関する支出についてお伝えしたい。
いつものように集計した今年のデータは次のようになった。括弧内は昨年の数字。

期間: 2019/12/26 ~ 2020/12/25
支出額: 383038円 (492460円)
映画本数: 433本 (545本)
1本当たり金額: 885円 (904円)

当然ながら本数は減少した。映画館が休館となっていた月は、4月6本、5月1本と大きく減少したが、0本となる月は何とか回避できた。
1本当たり金額が昨年より19円安くなった。基本的な映画料金は低くなっていないので、下がった要因は次のようなものが考えられる。
1)旧作の内、国立映画アーカイブで見た本数が増えた。アーカイブのシニア料金は発券手数料を含め420円でかなり安い。
2)東京テアトル系の映画館での割引日(月曜日のシニア割引1000円、TCGカードの火・木曜割引1100円)に合わせて見ている。
3)同じ作品であれば極力安い映画館を選んだ。K’sシネマ(基本1800円、シニア1000円)、丸の内TOEI(基本1800円、シニア1100円だったが、最近1900円、1200円となった。)

 

 

 

 

Ⅱ Netflix


今月は「NETFLIX世界征服の野望」というドキュメンタリーが公開された。残念ながらあまり良い出来ではない。Netflixに関係してきた多くの人のインタビュー映像から構成されているが、あまりに速い展開で理解する前に次に移ってしまうという描写が続く。
Netflixは、レンタルビデオ・DVD業界にはブロックバスターという巨大チェーンがいたため違う方法ということで配信を取り入れることにした。創業したのは1997年。2000年にはブロックバスターに身売りしようとしたが断られている。2006年だったかブロックバスターの新経営者が配信には参入せず、店舗でのレンタルに専念すると決めたことで、最終的に倒産したという。その間配信のNetflixは業績を伸ばし、2010年代にはオリジナル作品の製作を始めるようになる。今年はコロナの影響もあり配信で映画を楽しむ人が増え、業績を大きく伸ばしたのはニュース等でも報じられた。
Netflixが日本でオリジナル作品を映画館でも上映するようになったのは昨年だった。アメリカではアカデミー賞にノミネートされるには12月中にアメリカの映画館で公開されるのが条件であるため、それに向けて限定公開されるようだ。それと同じ形で日本でも公開されてきた。いわば賞狙いの公開のように思える。
Netflixはかなり自由に作らせているように思われる。監督にとっては従来のハリウッド作品のような縛り(製作者の)がないため、思い通りの作品を作ることができる。製作予算もかなり豊富そうだ。
映画館公開については問題もある。ごく限られた映画館での上映、つくられるチラシは片面印刷で裏面は白紙、宣伝は殆どされずという状態で公開されている。
今月号には次の4本の作品を掲載した。
ヒルビリー・エレジー:ロン・ハワード監督作品。ヤク中の母親と子供たちの物語。
マンク:デヴィッド・フィンチャー監督作品。今月のベスト3を参照。
ザ・プロム:ライアン・マーフィ監督作品。今月のつぶやき参照。
ミッドナイトスカイ:ジョージ・クルーニー監督作品。地球崩壊時を描くSF。
昨年に比べると作品の力は少し落ちているように思われる。
今後Netflixはどんな方向に向かうのだろうか?

 

 

 

 

Ⅲ LGBT


Netflix作品「ザ・プロム」を見てちょっと驚いたのは、学園ミュージカルなのにテーマはLGBT関係だったことだ。主人公の女子高生がプロムに女子高生と一緒に行きたいというものだ。高校が舞台のミュージカルはジュディ・ガーランド=ミッキー・ルーニーの昔から作られてきた。元気いっぱいに動ける学校という舞台、男女の関係がはっきりしてくる年代、若い人たちが圧倒的に踊り、歌うという学園ミュージカルのイメージとこの作品は少し違う気がしたのだ。
フランスの「燃ゆる女の肖像」はたがいに惹かれていく女性二人の物語。美しい映像で緻密に作られた作品だ。
共に同性同士の恋愛を描いている。
調べてみると「ザ・プロム」の監督ライアン・マーフィはゲイだと公表していた。また「燃ゆる女の肖像」のセリーヌ・シアマは、この映画の主演女優アデル・エネルと撮影前まで暮らしていた(その後友好的に破局したらしいが)。
2人とも同性愛者だったわけで、考えてみれば作り手にとっては普通の世界だったわけだ。それを違うと感じるのは、今までの常識にとらわれている我々の側の問題だったのだ。

 

 

 

 

今月はここまで。
次号は元旦に新年特別号を、2月号は真冬の寒さだろう1月25日にお送りします。


                         - 神谷二三夫 -


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