cogito

プティットパンセ   La petite pensée

 サムライという言葉について
 サムライという言葉がいろんなところ、様々な場面で聞かれるようになった。基本的にサムライは悪い言葉として、悪い意味をもつものとしては使われていないようだ。 サムライは勿論侍から来ている言葉だ。カタカナにすることにより言葉の持つニュアンス、イメージを変えようとしている。カタカナ表記により誰もこの言葉から刀を持った武人をすぐには想像しなくなったのだ。 本来の侍はある特定の階級をさす言葉である。戦うこと、戦闘をすることを生業にした階級であり、社会においては特権階級であり、他方それを職業と位置づけてもよい。

 サムライという言葉が本来の意味から離れて、独立した言葉として使われるようになってきたのはいつ頃からだろう。1970年代にイギリスのロックバンドで「SAMURAI」というのいた。日本では一部のひとにしか知られてなかったが。1978年に沢田研二の歌でサムライがヒットしている。 その前であれば1967年にアラン・ドロンの映画で「LE SAMURAI」があった。いずれも本来の侍からは遠く離れたイメージだけの言葉として使われている。
 サムライというのを商品名に含んでいるものも沢山ある。商店の名前にも、企業名にも、サービス名にも、実に多種多様である。どれも侍そのものとはまったく無関係である。サムライという音の響きだけを利用しているのであろう。勿論侍の強さ、潔さ、静謐さといったものも含めているのであろう。 しかしながら、一番現代において耳になじんでいるのは侍ジャパンでのサムライであろう。野球の「日本代表チーム」がなぜ侍なのかがよくわからない。おそらくは野球を戦いの場と考え、そこに集う勇士(選手)たちを讃えて侍という勇ましい(であろう)名前にしたのであろう。

 多方面でこの「サムライ」が使われているということはこの言葉をよい意味に理解しているからであろう。あるいはよい意味のみを持ったものとして使っているからであろう。 サムライ(侍)をよい意味として普及させたのは新渡戸稲造の「武士道」による貢献が大である。「武士道」が世に出たのは明治33年(1900年)のことである。それ以前には武士道という言葉が広く使われていたということはない。江戸時代以前には一般的でなかった言葉、概念を新渡戸稲造が武士道というひとつの思想として広めていったのである。

 さて、サムライの元の意味である「侍」であるが、これはあくまでも日本のある時代に存在した階級、身分のことである。江戸時代の身分を表している「士農工商」でいえば「士」である。当然ながら頂点にたつ支配階級である。しかも武力に裏付けられた支配層である。これと同じ支配層は現代には存在しない。 武力で、といったが、江戸時代のように戦役のなくなった時代では官吏としての役割も果たすようになっていた。いわゆる役人といわれる公的な仕事をする労働者である。ただし、現在のように国民に奉仕する立場というわけではない。だから今の時代の役所に勤める役人をイメージしてはならない。あくまでも武力による支配層のことである。 この支配層は極端な階級社会である。実に詳細に階級が定まっていて、こちらは世襲制になっており、個人の努力で上層階に登ってゆくことは困難であった。

 わたしたちは侍が支配していた社会をしっかりと思い描いてみないといけません。自己をみがき、きびしく鍛錬をしてゆく。正義のためではなく、あくまでも義を重んじる社会。 こんな言葉があります。「君、君たらずとも、臣、臣たらざるべからず」。これはこんな意味です。「主君が立派でなくとも、家臣は忠誠心を持たねばならない」。徳川幕府が国の学問として取り入れた儒教の教えです。 ここでは多様性は否定されています。個人はひたすら主君である上司の命ずるまま生きてゆきます。これはひとによっては生きやすい制度です。なによりも自分では考えるということをしなくてもいいのですから。命令されたままに生きる、規定にあるようにのみ行動する。ここには迷いはありません。考える、試行錯誤を繰り返す、悩み抜くということがないのですから。 侍の社会はこういった社会だったのではないでしょうか。勿論そこからはみ出し、自分で考えるということをしたために、侍という社会を生きづらく感じたひと、そこから落ちこぼれてゆくひと、抜け出すひともいたことでしょう。 しかしその社会で多くのひとびとは生きてきたはずです。

 このような面を持つ「侍」の世界。それを「サムライ」とカタカナにすることで、すべてを評価賞賛し、それを検証する、俯瞰的に見るということをやめてしまう社会。

 わたしたちは考えることを停止したままで「サムライ」という言葉を安易に使ってゆくことはできません。

                                        2019年1月29日
back